大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和41年(ヌ)413号 決定 1967年1月26日

債権者 同和産業株式会社

債務者 久保安子 外二名

主文

本件強制執行の申立を却下する。

申立費用は、債権者の負担とする。

理由

債権者は、大阪法務局所属公証人吉野淑計作成第二八、四三六号公正証書の正本に、同証書表示にかかる青木徳次の承継人たる債務者らに対する強制執行のための執行文の付与を受けた上、同証書に表示の貸金七五、〇〇〇円とこれに対する昭和三三年三月一〇日から昭和四一年一一月二五日までの金一〇〇円につき一日一〇銭九厘の割合による遅延損害金を請求債権に掲げ、債務者らの所有にかかる、大阪市福島区吉野町三丁目一〇六番地上、家屋番号・同町一〇六番一、木造瓦葺平家建居宅、床面積・六五・四五平方メートル(一九坪八合)の強制競売を申し立てた。

しかしながら、右強制競売の申立は、左記の理由により不適法と考えられる。

まず、民事訴訟法第六四二条第三号によれば、不動産強制競売の申立には、競売の原因たる一定の債権を明示することが必要であるところ、本件の申立にあつては、前記のとおり、債務者全員に対する関係において、貸金七五、〇〇〇円とこれに対する一定期間一定割合による遅延損害金とが請求債権として掲げられているにとどまり、各個の債務者に対し右のうちいかほどの債権の支払を求めるのかは、明示されていない。したがつて、本件強制競売の申立は、右の点において、すでに法定の適法要件を充足しないものというべきである。

さらに、債権者の提出にかかる前記承継執行文を付した公正証書正本は、それ自体債務者らに対する強制執行の基本となる適格性を欠くものである。

そもそも、法が債務名義および執行文の制度を設けた趣旨は、強制執行により実現すべき権利の内容、範囲を万人の容易に認識し得べき表現形式をもつて一定の証書に明示することにより、執行機関が執行可能な実体法上の請求権および責任の範囲に関する調査の煩を免れ、迅速、確実にその手続を進めることを可能ならしめるにある。それ故、強制執行によつて実現される効果の種類および範囲は、債務名義およびこれと一体をなすものとして付与された執行文において、一見または解釈上明白でなければならないのである。

しかるところ、本件において債権者の提出にかかる前記承継執行文を付した公正証書の正本によれば、同証書自体は、民事訴訟法第五五九条第三号所定の債務名義たる要件を充たしているものと認められるが、その正本の末尾に附記された執行文の全文は、

「前記の正本は債務者亡青木徳次承継人久保安子、久保茂、久保順子に対し強制執行の為め債権者同和産業株式会社にこれを付与する。

昭和四拾壱年四月一四日本職役場において

大阪法務局所属

大阪市浪速区河原町弐丁目千五百九番地(有馬ビル内)

元公証人 吉野淑計 後任

公証人 鈴木知治郎」

というのであつて、ここには、各個の承継人たる債務者らに対し執行可能の債権の範囲が、全く明示されていないのである。

もつとも、前掲公正証書の正本には、右執行文の後に、契印付きで、同公証人の右執行文付与と同年月日付作成にかかる戸籍謄本の謄本三通が、なんらの趣旨説明を加えることなく添付されており、これをも参酌すれば、各個の債務者が右証書表示にかかる前主青木徳次の債務をどれだけ承継したかを認定し得なくはない。しかし、これらの添付書類は、その添付の方式に照らし、右公正証書と一体をなすものでないのはもとより、同証書の正本に付与された執行文に包含されるものとも、その内容を補充すべきものとも認めがたく、執行機関としては、本来これを執行可能の債権の限度に関する認定資料となすを得ぬものである。(公証人が、公正証書に承継執行文を付与するに当り、承継の事実の認定に供した証明書の謄本を該証書の正本に添付することは、実務上かなり広く行われている慣例のようであり、本件の証書正本の場合も、その例に漏れぬものと推測されるのであるが、その添付の趣旨は、いずれも執行文自体において明らかにされておらず方式上はなはだ曖昧のそしりを免れない。承継執行文の付与に当つては、承継の事実が裁判所または公証人に明白なとき、この旨を執行文に記載すべきである(民事訴訟法第五一九条第二項、第五六〇条)だけでなく、承継の事実を証明書で認定したときでも、執行文中にその旨当該証明書を特定掲記(必ずしも内容全文の掲記を意味しない。)の上明示しておくことが、執行機関において執行開始要件(同法第五二八条第三項、第五六〇条)の具備を調査することを可能ならしめるため、理論上必要と解されているのであるが、本件の公正証書に付与された執行文を含め、従来各種の債務名義に付与されている多くの承継執行文には、右の要件記載を脱漏しているか、少なくとも脱漏している疑があるものといわねばならない。そして、かように承継執行文中に承継の事実の証明書を特定掲記するときでも、承継が債務名義表示の債権の一部につき行われている場合には、執行可能の限度を執行文自体に明記しておくことが必要なのであり、この点を証明書の記載内容に委ねることは、許されないと解すべきである。)

いずれにせよ、本件強制執行の申立は、許されないものである。よつて、これを却下することとし、なお、申立費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 戸根住夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例